〈ひかり〉テーマとストーリー(2) 基本理念のつかまえかた

 今回のブログは前回のブログの続きです。〈ひかり〉では、いま昼礼(朝礼ではない)で、理念とクレドについて、週に何回か取り上げています。ちなみに取り上げない日はハンドブックについて取り上げています(^-^;。
 ですので、このブログで書く理念とクレドについての考察は、これを書いている私個人の考え方というよりも、〈ひかり〉としていま考えていることとご理解ください。あくまでも今ですから、明日になればまた変わっているかもしれません(笑)。

 前回のブログで、理念は自分の言葉で解釈し、語れることが必要ではないかと書きました。
 では、どのようにすれば自分の言葉で解釈し語ることができるようになるのか? その具体的な方法についてです。
 色々と考え方はあるかもしれませんが、〈ひかり〉としては、まず自分がなぜこの仕事をしているのか、そこを考えてみることにしています。理念は不変的なものです。不変的というのはそれだけ純度が高い考え方ということです。だから様々な考え方を内包できる許容量があります。愛という言葉が「敵を愛する」ことまで含むのと同じことです。自分がこの仕事を続ける理由を考え、次にその個人的な理由が、理念とどのように重なるのか、そこを考えます。私の動機と育成会の理念がどのように重なるのか、それを考える過程で、育成会の理念だったものが、その人の理念になって行く。そういうものではないでしょうか。

 昼礼の話し合いの中で、このことについて、目から鱗の話をしてくれた職員がいました。パン作りがとても上手な職員さんです。
「理念とわたしの中にある想いの関係は、パンと材料の関係のようなものかもしれないですね」
 パンは小麦から作ります。私がこの仕事をしている理由は、小麦に当たります。それを元に作ったパンが「私の考える理念」だということです。最低限、パンを作る為には小麦は必要です。小麦の代わりに土塊をもって、これをもとにパンを作ると言っても、それは無理です。
 自分がパン作りに必要な小麦をもっているのかどうかは、自分にしわかりません。だから、まずは自分自身に問いかけてみることから始めるというわけです。自分にとってこの仕事を続ける理由は何か、そこがすべてのはじまりということです。
 昼礼で、この仕事を続ける理由についてある職員さんに訊ねたこところ、
「人のためになりたいから」
 という返事がありました。誰かのためになりたいという気持ちはとても大切なことです。もしそれがこの仕事を続ける理由であれば、その職員さんは、すでに理念が持っている大きな枠の中に入っているといえます。その想いを持続させることができれば、理念を上手に自分の言葉で説明できなくても及第点はとれます。

 問題はその先に進めるかということです。及第点をもらえればそれで大丈夫ということにはなりません。状況は常に変化していきます。変化の中で同じところにとどまっているということは、後退していくということを意味します。現状維持というのは現状を維持するために進化するということが条件です。では、どのようにすれば進化(進歩)できるのかということです。
 パン作りに話を戻します。理念の理解をパン作りにたとえた職員はこんなことを言いました。
「同じ材料で同じパンを焼いても、人によって味が異なる」
 もちろん、それは食べられるパンです。しかし、食べられるからすべて美味しいパンであるとは限りません。そして、まずいよりは美味しい方がいいに決まっています。では、美味しいパンにするためにはどうするか?
 誰かに食べてもらうことです。誰かに食べてもらい、味を評価してもらう。美味しければさらにおいしくすることを考え、不味ければどうすれば美味しくなるかを考える。この過程を潜り抜けないことには、美味しいパンは焼けないといういことです。

 この食べてもらうという行為がクレドの実践です。クレドを実践することで、自分に足りないものが見えてくるはずです。自分に足りないものは何か。どうすれば足りないものを身につけることができるのか。前回のブログで、クレドとは結局、当たり前の仕事を丁寧にすることだと書きました。当たり前の仕事を丁寧にするということは、自分の仕事に何が足りてないかを見つけることでもあります。
 理念について考え、クレドを実践する。自分に足りない知識や経験をそこで見つけ、学ぶ。そして学んだことをもとにまた理念について考えてみる。そしてまた……というように進歩していく。だから自分のクレド(支援の在り方)を検証することはとても大切なのだということです。

 最後に少し厳しいことを書きます。
 そんなふうに日々研鑽を積んだとしても、なお個人差は生まれます。非常に高度な形で理念を語ることができる人もいれば、初めに考えた理念の解釈とあまり変化のない人もいます。誰でも同じことができるわけではありません。
 しかし、仮に自分の理解に変化があまりなかったとしても、それが考えた末の結果であれば、同じように見えても、最初に考えた中身とはまるで別のものになっているはずです。たとえ言葉にすれば単純な解釈であっても、誰かに育成会の理念は何ですかと訊ねられた時、自信をもって答えられると思います。日々少しでもこのことを考えていれば、たぶん、理念そのものは早い段階で暗唱できるようになっています。
 そして、そうなれば、傲慢さからではなく、人のことなど気にならなくなると思います(笑)。人と自分を比べて落ち込むこともなくなります。謙虚さをもって、人の話に耳を傾けられるようにもなります。自信というのは、結局、ありのままの自分を受け入れられること。そのように思います。
 育成会の理念は「人を大切にするという思いの結晶です」ということしか言えなくても、実践において、育成会の基本理念により近づいた支援ができるのではないでしょうか。
■とある日常

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