〈ききょうの家〉Fさんのこと

去る9月中旬、重度心身障害でききょうの家をご利用されていたFさんが入院の末、亡くなられました。29歳の女性でした。体重は20kg足らずで、気管カニューレを装着し、今でこそメジャーになったパルスオキシメーターを装着し、吸痰を必要とする方でした。

支援中は目を離すことはできず、常にマンツーマン支援で対応しました。声を出すことができないので少し目を離して振り向いたら泣いている、という事も多々ありました。おそらくききょうの家としてはこれまでに一番重度の利用者さんだったと思います。

夏ごろに入院され自発呼吸ができなくなり意識が無くなったと聞いた時から薄々こんな日が来るのではと思っていましたが、いざその状況になると職員一同ポッカリ穴が開いた様子でした。

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2021年春 桜の下で

Fさんを初めて見た時は怖さを感じました。手足は細いし、喉から管が出ていて、管にはふたがありました、触れば折れてしまいそうな身体をされているし・・・。そんなFさんに当たり前のように寄り添うベテラン職員もすごいと思いましたが、Fさんをご自宅でお世話するご家族の方々のご苦労たるやものすごいものがあるのだろうと思いました。

食事は固形物を取り込めないのでペースト食を毎食用意し、1時間ほどかけて誤嚥に気を付けながら介助します。水分はトロミをアクエリアス、おやつはプリンやクリーム、なかなかのグルメです。食べるのが大好きなFさんですが、ゴックンのタイミングを観察して次のスプーンを口に運ぶ。固形物やダマが混ざっていないか常にチェックを入れる等、飲水は最も気を遣う時でした。吸痰もこの時が最も多いです。

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2020年春 桜の下で

Fさんは終日バギーに乗りっぱなしでした。身体をほとんど動かせないため、また気管カニューレが外れないようにするためです。首も左右に振れず、頼れるのは目と耳と鼻でした。支援員が常に一人付き添い、パルスオキシメーターを常に装着し、数値の異常に気を配っていました。それでも一瞬一人きりになるときがあります。そんな時はFさんは顔をくしゃくしゃにして泣いていました。でも気管切開しているので泣き声は出せません。職員はどうして泣いているのか、慌てて考え対応します。痛いのか、苦しいのか、寂しいのか・・・。大体は寂しくて泣いていることが多く、近くでゆっくり話しかけると、ほっとした表情を見せてくれました。逆に、朝の来所時のあいさつや、大好きなケーキのカタログを一緒に見ている時など、嬉しい時は口角をくいっと上げて笑ってくれました。好きな支援者は足音で誰かわかるようで、いろいろな足音が行きかう事業所の中で目的の人が近づいてくるととても興味深げな表情でその方向を見て待っていました。

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事業所の仲間と音楽レク

体調が悪い時は心配も殊更です。食べるのが何より好きなのに食が進まない。水分も摂らない。SPO2値が低い。笑わない。尿が少ない。痰が多い。痰に血が混ざっている。カニューレの隙間からよくわからない液があふれてくる。歯ぐきから出血する。熱が高い・・・等々。どれ一つとっても健常者より「死」が近いFさんです。緊急時のマニュアルを作り、訓練し、支援者も吸痰など一部の医療的な行為を研修で習得して対応しました。今年度は男性職員も本格的に支援に入り、事業所での安定した生活の体制を進めつつありました。しかし夏頃から食事量が減り体調を崩し入院し、そのまま亡くなられてしまいました。

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ケーキやプリンが大好きでした

Fさんは喜怒哀楽がとてもはっきりしていて、人間の感情の豊かさを教えてくれました。私たちはFさんの笑顔を見続けていくためには何をしていけばいいのかを仕事としていました。観察し、注視し、バイタルと測定し、食事の形状や提供の仕方を工夫し、移動の方法を学び・・・と様々な勉強をしました。Fさんを支援することは、他の利用者にも有効活用できました。彼女はいつの間にか先生になっていました。常に命の危険と隣り合わせの授業なので真剣にならざるをえませんでした。そしてこれからも色々と教えていってくれるはずだったのですが、残念なことにそれはかないませんでした。

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誕生日会にて

Fさんをはじめとして、利用者さんはそれぞれに個性があって、支援方法もそれぞれ違います。支援者が考えて利用者の快につながる行為を行ったとき、例外や的外れもあるものの、ほとんどが噓の無い純粋な喜びの反応を返してくれます。これは何よりの報酬です。この仕事のやりがいです。ですが試行錯誤の繰り返しでしか、利用者も支援者も快の体験をする事ができません。そうした経験が支援者を人間的にも成長させていきます。そう考えると利用者は先生です。今日はこの利用者から何を学び取ってやろうか!というプラスの貪欲さがこの仕事には必要なのだとFさんがいなくなってから改めて強く感じるようになりました。

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日常の忙しさに負けてしまうことも多いですが、心のどこかにそのことを思いつつ、これからも仕事を続けていけたらと思います。